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HISTORY
革新と勝利を目指して

キャデラックの歩み

過去100年以上にわたりキャデラックは、デザインやテクノロジー、人気のカルチャーにまで大きな影響を与えてきました。世に名高いV型16気筒エンジンをはじめ、電子制御サスペンション、船の帆のように大きく張り出したテールフィン、4灯式ヘッドランプなど、大胆なデザインと独創的な技術で自動車の世界に新たなスタンダードを確立してきたのです。

現在では当たり前となっている技術も、キャデラックが量産車に導入した当時は、画期的な技術として脚光を浴びました。世界初の電動スターターやシンクロメッシュを採用したトランスミッションなどは、その一例です。また、キャデラックが手がけたV型8気筒、V型12気筒、V型16気筒エンジンは当時の技術水準を引き上げる役割も果たしました。さらにアメリカ車として初めて、逆置きV8エンジン搭載の前輪駆動車を世に送り出したのもキャデラックでした。

キャデラックの技術革新に対する評判は、創業者のヘンリー・M・リーランドが1902年10月17日に完成させた最初のキャデラックにまでさかのぼります。彼が最初に手がけた単気筒のエンジンは、当時、驚異的ともいえる10馬力を発生し、ライバルたちのパフォーマンスを大きく上回りました。

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1908年、キャデラックは、自動車の発展に大きく貢献した功績が評価され、アメリカの自動車メーカーとして初めて、英国ロイヤル・オートモービル・クラブから表彰されました。その評価方法は、無作為に選ばれた3台のキャデラックを分解し、それぞれの部品をシャッフルした後、ハンド ツールだけで再び組み立て、500マイル(800km)ものロードテストを行うというもの。キャデラックは、このテストを見事にクリアし、1台あたり721個もの構成部品をランダムに組み立てても問題ないこと、つまり、「部品の互換性の高さ」が証明されました。
この衝撃的なデモンストレーションによって、キャデラックは自動車技術のベンチマークとなり、それと同時に、キャデラックの精度と品質に対する名声を高める第一歩となりました。

モータースポーツとの出会い

第二次世界大戦中、キャデラックは航空機用の高性能エンジンに関する研究を行っていました。そして、その研究は、平和が戻り、ハイオクガソリン(高オクタン価ガソリン)が手に入るようになったとき、あらたな成果を生み出しました。ハイオクガソリンはパワー向上が見込める新たな燃料であり、その特性を生かした高圧縮エンジンを設計したのです。
1949年、キャデラックは大量生産車として初めての「オーバーヘッドバルブ式のV型8気筒エンジン」を発表。当時としては驚異的な160馬力を発揮するこのエンジンは、ショート ストロークと軽量構造が特長で、従来のフラットヘッド型V8エンジンに比べて90kg以上も軽量化されていました。

このエンジンの優位性は、レース関係者の間で瞬く間に認知されることとなります。
キャデラック エンジンは、ブリッグス・カニンガムの限定スポーツカーや英国製のアラードJ2などに搭載され、ニューヨークのワトキンス グレンから、カリフォルニア、ペブルビーチまでの多くのロードコースで他車を打ち負かしたのです。

1949年にインディー ドライバーとして有名なポール・ルッソが「ミルウォーキー 100ストック カーレース」で優勝したのを皮切りに、1950年にはレッド・バイロンが「NASCAR サザン500(サウスカロライナ州ダーリントン)」でポールポジションを獲得し、3位でゴール。1951年にはゴバー・ソスビーが0.5マイルのダートトラックで開催された「NASCAR グランドナショナル 100マイルレース(ジョージア州コロンバス)」で2位となりました。
1952年には、バック・ベイカーが「NASCAR スピードウェイ」の250マイルレース部門において、キャデラック エンジンを搭載したインディー・カースタイルのマシンで優勝。トム・ディールはキャデラックのマシンを操り、「カレラ パンアメリカーナ ロードレース(メキシコ)」で2位に入賞しました。

さらにキャデラックは、耐久レースの生まれ故郷であるフランスの「ル・マン」にまで活動の舞台を広げました。その道を切り開いたのは、資産家であり、スポーツマンであり、レース愛好家でもあったブリッグス・カニンガム。チームの拠点をアメリカに置きながら、1950年型のキャデラック2台をヨーロッパの伝統的なロードレースに参加させたのです。1台は、市販車と同じ車体の「61シリーズクーペ」、もう1台は大幅に改造されたシャシーを持ち、愛情をこめて「Le Monstre(ル・モンスター)」と呼ばれたマシン。レースの結果は、まるでショールームから運び出されたままのようなスタイルのキャデラックが10位。エアロボディ化されたマシンは、砂利道に少々手こずりましたが11位でフィニッシュ。もう1台エントリーしていた、「キャデラック アラード J2」は、トム・コールとシドニー・H・アラードのドライビングにより総合3位、8000cc超クラスで1位に輝きました。

サーキットからストリートへ

V型16気筒エンジンの頃に比べ、エンジンに採用されているテクノロジーは大きく変わってきています。かつては最先端技術とされていたキャブレターとオーバーヘッドバルブも、今では電子燃料噴射式、マルチバルブシリンダーヘッドとダブルオーバーヘッドカムシャフトに取って代わられています。

1992年、キャデラックは、GMプレミアムV型エンジンの第一弾として「4.6リッター・ノーススターV型8気筒エンジン」を発表しました。市販モデルの「CTS-V」や、そのレース用車両にも搭載されている“スモール ブロック”と呼ばれるV8エンジンは、かつてないほどパワフル。また、レース用「CTS-V」のトランスミッションには、数年前にキャデラックが“サイレントシフト”として開発したシンクロナイザーが使用されています。(レース用のシンクロナイザーパッドは、オリジナルの青銅製から最新のカーボン複合材料に置き換えられています)

2004年、キャデラックは「CTS-Vセダン」で、熾烈なレースが展開される「SCCA プロレーシング ワールドチャレンジ GT選手権」に参戦しました。 2004年のデビューから2007年まで「チーム キャデラック CTS-V セダン」は、マニュファクチャラー チャンピオン(2005年)、ドライバー チャンピオン(アンディ・ピルグリム:2005年)を含む10勝を挙げ、ポールポジションスタート7回、表彰台36回を記録しました。2011年には、ジョニー・オコネルとアンディ・ピルグリムを年間ドライバーとして起用し、2台のCTS-Vクーペとともに「ピレリ ワールド チャレンジ GTシリーズ」へ復帰。ミッド オハイオとロード アトランタで2勝を挙げ、キャデラックの新しいレースカーが世界基準の競争力を持っていることを証明しました。

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